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タオのブログ

2009.05.20   A君来室

 5月5日、ご両親と一緒にA君(15歳)来室。父親のお話の概略は次のようでした。「小中学校と特別支援クラスに居て、高校に行きたいというので市内の私立高校を受験させたが、不合格。行くところがないので仕方なく今は特別支援学校と言うようですが、養護学校に入りました。ところが、息子は『あそこは合わない、続かない』と漏らすようになり、先日は頭に円形脱毛ができているのに気付き、かなりのストレスじゃないかと感じました。どうも、先生に養護手帳を取るように強く言われるのがとても嫌なようです。先生は養護手帳を取れば交通費が安くなるなどと言って勧めるのですが、本人は嫌だと言うんです。また日課の中に「作業」という時間が何時間もあるようですが、それもつまらないというか興味が持てないようです。それに毎日マラソンもあって、かなり走らされるみたいで、この体ではそれもきついようです。頭に禿ができるほどなのに、このまま無理に行かせてうつ病にでもなられたらそれこそ大変だと思います」 
  お話を聞いて私は次のように話しました。「A君は養護手帳を取りたくないと意思表示できるのですから、養護学校で学ぶことにあきたらない力を持っているお子さんだと判断しました。これまでも、小学校中学年頃から中学校までずっと特別支援クラスに居たというお子さんが何人も来ましたが、ほとんどが算数は、簡単な足し算と引き算と掛け算九九が少々できる程度でした。文字はひらがなと小学校1年程度での簡単な漢字が書ける程度。正直、9年間どんな特別支援を受けてきたのかと疑問に思いました。  
   しかしそのようお子さんでも、「らくだメソッド」で学んでいくと、足し算、引き算から掛け算、割り算、分数・・・としっかり学力を身につけていきます。学校は、初歩の段階でのつまずきが原因でわからなくなってしまっている子どもに対して、そこに手を差し伸べることをしないで、できないから特別支援クラスに・・・。となってしまっているようです。つまずき箇所を発見し、そこができるように援助指導すれば特別支援クラスに入らなくて済んだだろうと思われる子が大部分です」と。 
  そのような話をした後、A君は何枚か提示したらくだプリントの中から小1ー1(目安時間3分)を選びやってみました。途中37+1、49+1などでちょっと考えこんでいましたが「この次の数は?」と声を掛けると鉛筆が動き出し、最後までやることができました。6分19秒かかりましたが、その後自分で答え合わせをして、ミスは0。そのにこやかな顔といったらありませんでした。  
  タオには現在、夕方から週1~2回来る塾コースと、週3日午前中から来て学ぶ高等部があることを説明したところ、A君は高等部に入学して勉強し、力が付いたら高校を受験するということになりました。そこで入会の用紙に住所氏名を書いてもらおうとしたところ、躊躇していたので、「ひらがなでもいいわよ」と声を掛けましたが、父親に免許証を差出され、A君はそれを見て住所を丁寧に写しました。私は、「これだけ、見てちゃんと書けるのだから、漢字も書けるようになっていきますよ」と言いました。  
   帰りがけにお父さんは、「私の姉がこちらの教室のチラシを持ってきてくれたので、祝日なので失礼かとは思ったんですがお電話してみました。そしたらその日のうちに時間を取っていただけ、本人もここでしっかり勉強していくという気なったようです。よかったです」と、本当にほっとした様子で帰っていかれました。私は、「タオに出合え、らくだメソッドに出合え、彼なりに一歩一歩学力を身につけていくことができる。よかった!」と思いながら、ご家族の後ろ姿を見送りました。  
 5月12日  
  午前10時。A君はにこにこ顔でやってきました。宿題として持ち帰った小1ー1のプリント7枚を出して見せながら、「全部やったけど、時間が5分とか6分とか上がったり下がったりしている」と、言うので、幼児―13の0から130まで順序数を書くプリントを見せ、「次の数字がすぐに思い浮かび、すらすら書けるようになれば、+1の計算はすぐできる」というと、「じゃこれをやります」と言うので、今日はまず、幼児ー13をやりました。結果は、目安8分のプリントですが、17分9秒かかり、ミスも10個。見ていると0、5、7、8の数字の書き順も違っています。そこで、教材を見せながら話し合い、数字の書き順や字形が学べる幼児ー0を何枚かやり、幼児ー3、幼児ー4で数字の書き方に慣れた上で、幼児ー13に行くことにしました。 
  A君はひとしきり集中した後顔を上げ、「こういうふうにやっていくと、できるようになっていく気がする」とつぶやきました。私は「そう、よかったわね。A君はしっかり勉強がしたかったんだね。らくだプリントで学んでいけば、実力をつけながら一歩一歩進んでいけるよ」と言いました。すると、しばらく自分の思いを話してくれました。私とのやり取りは次のようでした。
   A   「ぼくは中学校までずっと特別支援クラスに居て、できないままで来た。それで、特別支援学校 に  行 け ば、難しいことをやらないで、簡単なところからていねいに教えてもらえると思って、今度こそちゃんと勉強していけると夢を描いていた」  
  私 「夢?」 
 A 「夢っていうか・・・、自分で勝手に考えていたっていうか・・・」 
  私 「想像していたっていうこと? 丁寧に教えてもらって、だんだんできるようになっていくと」
  A  「そうそう、そうなんです。でも、ぜーんぜん違っていた」
  私 「えっ?ぜんぜんちがっていた?」  
  A  「そう、ぜーんぜん。勉強の時間は少なくて、それもテストばっか。どんどん進んでちっともわからない」 
 私 「そうか、特別支援学校に行けば、じっくり丁寧に教えてもらえると、夢を描いていたけど、現実はぜんぜん違っていたんだね」 
 A君は大きくうなずき、しばらく考え込んでいましたが、さらに次のように続けました。 
 A  「ぼく、おかしいと思うんだよな。学校って。できる子がちょっとで、できない子っていうかわからない子がいっぱいいるのに、どんどん進んでいくんだから。特別支援学校も同じだった。できない子が いっぱいいるのにって言うか、できる子ほとんどいないのにテストしてどんどん進む。どう考えてもお かしいと思うんだけど」 
  と本当に不思議そうに頭をひねるのです。
私 「私もそう思う。私は学校の先生をしていたからよくわかる。まだよくわからない子、できない子をそのままにして進まなければならないことが本当に辛かった。だから学校を辞めてタオを開いたの。 ・・・ あと、作業の時間が長かったとい言っていたけど、どんなことをしたの?」  
 と聞くと、  
 A 「週に何時間もあって、木工ともう一つなんだっけ?・・・二組に分かれて物を作るんだけど。それを売って学校のお金にするらしいんだけど。・・・ぼく、なんでこんなことしなきゃならないのと思った。マラソンと売るものを作りに行ってるような感じだった」  
  と言うのです。私はA君の気持ちと学校の様子を聞いて、正直驚いてしまいました。話したらスッキリしたのか、また集中して注意深く数字の練習をしました。お弁当を食べて午後は、ひらがなプリント小1ー3を2枚やり、ノートにも何回も練習しました。そして、午後2時頃、予定より早めに「今日はいっぱい勉強したな」とつぶやきながら帰っていきました。 

投稿者 tao-kyo | PermaLink | トラックバック(0)