タオのブログ
2009.05.28 不登校の原因
宇都宮大学 不登校について学び・つながる会 第2回 資料
実家の父の法事のため今回は参加できませんので、これまでに不登校のお子さんや親御さんに接してきた経験を通して感じている率直な思いを書いてお伝えいたします。
学びのもり タオ 高橋享子
まず不登校とはどういう状態をいうのか確認したいと思います。
「行きたくない」というお子さんと、「行きたいけど行けない」というお子さんが居ますが、どっちにしても、子どもが「学校に行けなくなった」状態を言います。そして行こうとすると(行かせようとすると)、実際にお腹が痛くなったり、吐き気を催したり、頭が痛くなったりなど気持ちが悪くなります。
では、どうして「行けなくなる」のでしょう。その場が自分にとって楽しい場所、有益な場所と感じられるなら嬉々として行くでしょう。しかし自分にとってつまらない場所、悔しい思いや恥ずかしい思いをさせられる場所、意味が見出せない場所であったら行きたくなくなるでしょう。つまり、学校に行けない、行きたくないという子にとっては、学校がそのような場所なのです。
私は常々、不登校の問題を考えるとき、学校の実態は検証されずに、あたかも行けなくなった子どもが問題であるかのように、子どもの側のことばかり議論されるのはおかしいと思っています。
では学校の現状はどうでしょうか。25年の教員経験から、私の知るところを書いてみます。
・クラスに振り分けられ、机と椅子を与えられ、決められた教室で30人?40人が一斉に授業を受ける。
・分刻みの日課で非常に慌しい。
・授業は、文部科学省が決めたカリキュラムに沿って教師主導で進められ、自分がよくわからなくても、指名されたり、テストされたりして進んでいく。
※ 先生によっては指導がおざなりで、非常にわかりにくい。にもかかわらず、わからないのはお前が悪いといった調子の高飛車な方もいる。
※ 子どもが「恥ずかしい!」と居たたまれないような言葉を投げつける方もいる。
※ 先生が生徒の気持ちを聞かずに一方的に命令したり押し付けたり、決め付けたり、怒ったりすることから、生徒一人ひとりが不満や憤りを感じていて、粗野な言葉が飛び交う殺伐としたクラスになってしまっていることがある。
※ 学校に行っても、授業はどんどん進むし、騒々しく落ち着かず、勉強ができるようになっていくとは感じられない。 etc
このような学校にあっては、本当に辛く、「嫌だな?」「こんなところへ来たくない」と思うお子さんが出てくるのも当然だと思うのです。しかし辛くても「学校は行くべきもの」と思わされているので、浮かない気持ちのまま我慢して足取り重く通う。しかし、心と行動のギャップから体はさまざまな症状を表し、学校に行けなくなってしまうのです。
不登校の原因ははっきりわからないことが多いとよく言われますが、私は上記のような状況の中から生じてくることがほとんどだと思います。つまり不登校の原因の多くは「学校が自分にとって安心して学び成長できる場ではない」ということです。
私は、小学校、中学校と長い間学校現場に居て、「あんなところに行きたくない。嫌な気持ちにさせられるだけで、自分が自分でいられない」といった気持ちを抱かざるを得ないような学校現場のあり方や、先生の無神経な対応を目の当たりにしてきました。行けなくなって当然と思われるような場所に行けなくなったらそれは何も問題ではないのではないでしょうか。それが正常で、感受性豊かな子ほど苦痛は大きいと思います。
全うな子を責め、相談機関に連れて行き検査を受けさせ、生育暦を調べられ、ひいては夫婦関係や嫁舅問題まで引き合いに出される。あるいは、みんなが行っているところに行けないうちの子はどこかおかしいんじゃないかなどと考え、医者に連れて行く。そして周りの無理解のために、落ち込んでしまったりイライラを募らせてしまっている子に対して、精神安定剤や睡眠薬を処方される。すると副作用で頭が朦朧となる。・・・ますます意欲がなくなりすべてがかったるくなる。すると、前の薬は効かないからと量を増やされたり、強い薬を処方される。すると今度は幻覚や幻聴が・・・。
そもそも不登校は病気ではないのですから、医者に連れて行き薬で治そうとするのは見当違いもはなはだしいと思います。しかしそうやって一層お子さんを混乱に陥れてしまった痛ましいケースがなんと多いことか。
親御さんには、「学校に行きたくない」というお子さんを信じて、よく話し合い、真にお子さんが生き生きしていく方向を考えてほしいと思います。子どもたちはみんな学びたがりです。勉強ができるようになりたい、いい子になりたいと思っています。
私は、「誰もが安心して学び自分を成長させていける場所を」との願いの下に「学びのもりタオ」を開きました。13年目を迎えましたが、不登校のお子さんが何人も「らくだメソッド」でしっかりと基礎学力を身に付けると共に、自己信頼感を高め、それぞれの道に進んでいっています。
今年から、高校卒業資格を得るために週3日朝から来て学べる通信制高校のサポートをする高等部を開きました。現在2名が主体的に学んでいます。ご希望があれば、同じ時間帯に小学生でも中学生でも受け入れ可能(3~4名)です。らくだメソッド塾の方は今のところ10名くらいは受け入れられます。
「タオ」での学習はどこの小中学校も出席扱いとし、指導要録への記載はもちろんのこと、受験の際は調査書にも記入していていただいてます。
「義務教育」とは「親御さんがお子さんにふさわしい場所で教育を受けさせる義務」のことです。既存の学校に行く義務ではありません。どのお子さんも自分を責めたりすることなく、心楽しく学び、しっかり実力を培っていくことを願っています。
どうぞお気軽にご相談にお出でください。
〒321-0962宇都宮市今泉町455 小林ビル3階 学びのもり タオ 高橋享子
Tel 080-5549-4978 http://www.manabinomori-tao.com
2009.05.20 A君来室
5月5日、ご両親と一緒にA君(15歳)来室。父親のお話の概略は次のようでした。「小中学校と特別支援クラスに居て、高校に行きたいというので市内の私立高校を受験させたが、不合格。行くところがないので仕方なく今は特別支援学校と言うようですが、養護学校に入りました。ところが、息子は『あそこは合わない、続かない』と漏らすようになり、先日は頭に円形脱毛ができているのに気付き、かなりのストレスじゃないかと感じました。どうも、先生に養護手帳を取るように強く言われるのがとても嫌なようです。先生は養護手帳を取れば交通費が安くなるなどと言って勧めるのですが、本人は嫌だと言うんです。また日課の中に「作業」という時間が何時間もあるようですが、それもつまらないというか興味が持てないようです。それに毎日マラソンもあって、かなり走らされるみたいで、この体ではそれもきついようです。頭に禿ができるほどなのに、このまま無理に行かせてうつ病にでもなられたらそれこそ大変だと思います」
お話を聞いて私は次のように話しました。「A君は養護手帳を取りたくないと意思表示できるのですから、養護学校で学ぶことにあきたらない力を持っているお子さんだと判断しました。これまでも、小学校中学年頃から中学校までずっと特別支援クラスに居たというお子さんが何人も来ましたが、ほとんどが算数は、簡単な足し算と引き算と掛け算九九が少々できる程度でした。文字はひらがなと小学校1年程度での簡単な漢字が書ける程度。正直、9年間どんな特別支援を受けてきたのかと疑問に思いました。
しかしそのようお子さんでも、「らくだメソッド」で学んでいくと、足し算、引き算から掛け算、割り算、分数・・・としっかり学力を身につけていきます。学校は、初歩の段階でのつまずきが原因でわからなくなってしまっている子どもに対して、そこに手を差し伸べることをしないで、できないから特別支援クラスに・・・。となってしまっているようです。つまずき箇所を発見し、そこができるように援助指導すれば特別支援クラスに入らなくて済んだだろうと思われる子が大部分です」と。
そのような話をした後、A君は何枚か提示したらくだプリントの中から小1ー1(目安時間3分)を選びやってみました。途中37+1、49+1などでちょっと考えこんでいましたが「この次の数は?」と声を掛けると鉛筆が動き出し、最後までやることができました。6分19秒かかりましたが、その後自分で答え合わせをして、ミスは0。そのにこやかな顔といったらありませんでした。
タオには現在、夕方から週1~2回来る塾コースと、週3日午前中から来て学ぶ高等部があることを説明したところ、A君は高等部に入学して勉強し、力が付いたら高校を受験するということになりました。そこで入会の用紙に住所氏名を書いてもらおうとしたところ、躊躇していたので、「ひらがなでもいいわよ」と声を掛けましたが、父親に免許証を差出され、A君はそれを見て住所を丁寧に写しました。私は、「これだけ、見てちゃんと書けるのだから、漢字も書けるようになっていきますよ」と言いました。
帰りがけにお父さんは、「私の姉がこちらの教室のチラシを持ってきてくれたので、祝日なので失礼かとは思ったんですがお電話してみました。そしたらその日のうちに時間を取っていただけ、本人もここでしっかり勉強していくという気なったようです。よかったです」と、本当にほっとした様子で帰っていかれました。私は、「タオに出合え、らくだメソッドに出合え、彼なりに一歩一歩学力を身につけていくことができる。よかった!」と思いながら、ご家族の後ろ姿を見送りました。
5月12日
午前10時。A君はにこにこ顔でやってきました。宿題として持ち帰った小1ー1のプリント7枚を出して見せながら、「全部やったけど、時間が5分とか6分とか上がったり下がったりしている」と、言うので、幼児―13の0から130まで順序数を書くプリントを見せ、「次の数字がすぐに思い浮かび、すらすら書けるようになれば、+1の計算はすぐできる」というと、「じゃこれをやります」と言うので、今日はまず、幼児ー13をやりました。結果は、目安8分のプリントですが、17分9秒かかり、ミスも10個。見ていると0、5、7、8の数字の書き順も違っています。そこで、教材を見せながら話し合い、数字の書き順や字形が学べる幼児ー0を何枚かやり、幼児ー3、幼児ー4で数字の書き方に慣れた上で、幼児ー13に行くことにしました。
A君はひとしきり集中した後顔を上げ、「こういうふうにやっていくと、できるようになっていく気がする」とつぶやきました。私は「そう、よかったわね。A君はしっかり勉強がしたかったんだね。らくだプリントで学んでいけば、実力をつけながら一歩一歩進んでいけるよ」と言いました。すると、しばらく自分の思いを話してくれました。私とのやり取りは次のようでした。
A 「ぼくは中学校までずっと特別支援クラスに居て、できないままで来た。それで、特別支援学校 に 行 け ば、難しいことをやらないで、簡単なところからていねいに教えてもらえると思って、今度こそちゃんと勉強していけると夢を描いていた」
私 「夢?」
A 「夢っていうか・・・、自分で勝手に考えていたっていうか・・・」
私 「想像していたっていうこと? 丁寧に教えてもらって、だんだんできるようになっていくと」
A 「そうそう、そうなんです。でも、ぜーんぜん違っていた」
私 「えっ?ぜんぜんちがっていた?」
A 「そう、ぜーんぜん。勉強の時間は少なくて、それもテストばっか。どんどん進んでちっともわからない」
私 「そうか、特別支援学校に行けば、じっくり丁寧に教えてもらえると、夢を描いていたけど、現実はぜんぜん違っていたんだね」
A君は大きくうなずき、しばらく考え込んでいましたが、さらに次のように続けました。
A 「ぼく、おかしいと思うんだよな。学校って。できる子がちょっとで、できない子っていうかわからない子がいっぱいいるのに、どんどん進んでいくんだから。特別支援学校も同じだった。できない子が いっぱいいるのにって言うか、できる子ほとんどいないのにテストしてどんどん進む。どう考えてもお かしいと思うんだけど」
と本当に不思議そうに頭をひねるのです。
私 「私もそう思う。私は学校の先生をしていたからよくわかる。まだよくわからない子、できない子をそのままにして進まなければならないことが本当に辛かった。だから学校を辞めてタオを開いたの。 ・・・ あと、作業の時間が長かったとい言っていたけど、どんなことをしたの?」
と聞くと、
A 「週に何時間もあって、木工ともう一つなんだっけ?・・・二組に分かれて物を作るんだけど。それを売って学校のお金にするらしいんだけど。・・・ぼく、なんでこんなことしなきゃならないのと思った。マラソンと売るものを作りに行ってるような感じだった」
と言うのです。私はA君の気持ちと学校の様子を聞いて、正直驚いてしまいました。話したらスッキリしたのか、また集中して注意深く数字の練習をしました。お弁当を食べて午後は、ひらがなプリント小1ー3を2枚やり、ノートにも何回も練習しました。そして、午後2時頃、予定より早めに「今日はいっぱい勉強したな」とつぶやきながら帰っていきました。
2009.05.11 5月 6日 還暦の朝
還 暦 の 朝
還暦を迎え 私は今日再び生まれた
スッキリした晴れやかな心で
間に合った!
読み(聞き)、考え、実行し、煩悶し・・・
学校を辞めてからの私はその繰り返しだった
その中身はと言えば
自分を見つめ、それまでにくっつけてしまった張りぼてをはがすこと
少しずつ少しずつ軽くなり 真の自己が見えてきた
そして60歳を間近にして 長い間私を捉えて放さなかった得たいの知れない不安から開放された
私は私ではない 大いなるもの(神)がこの肉体となって生きている
大いなるものが想像もつかない大いなる源からやってきて
自我意識を持った生命体としてこの世に生きる それが私
果てしない経過の中のほんの一とき この地球という星に生まれ 生きている
遥かなる宇宙 輝かしい自然 そして知力と心を宿す見事な小宇宙・・・この体
私は知った
この肉体は 神がこの世を生きる乗り物、行為の道具と
だから 神の声にフィットした行為をしたとき 私という個我は限りない喜びを感じるのだと
陽の光、大空、海、山、河、大地、花、星、・・・そしてこの肉体
すべてを無償で頂き生かされている
永遠不滅の神の命が
大宇宙の中の一生命体として顕現し今ここに生きている
諸々の執着は消え 再び人生のスタートラインに就いている
2009.05.04 澤地久枝さん講演会に参加して
5月2日、作家澤地久枝さんの講演会に行ってきた。「憲法9条を守る会」主催だ。
私はこれまで政治についてあまり関心を払わずに来た。自分の地位や名誉のために声を張り上げ動き回っているような政治家ばかりが目に付き嫌気が差していたのだ。 しかし社会は政治によって動かされている。その社会に身を置きながら、他人事のように政治には関心が無いなどと言っていてはいけないのだ。
今の私にはそこにどんな思惑があるのかわからないが、戦争ができる国になるよう憲法を変えることを考えている政治家や人々がいて、確実にそちらの方向に進んでいるという。「戦争はいけない。9条を守ろう」と、79歳になる澤地さんは懸命に訴えていた。「黙っていてはいけない。私も意思表示をしていかなければ」と思った。
私が仕事としている教育とても、当然のことながら社会や政治と深く関わっている。平気で落ちこぼし、あえて二極化を勧めているかのような点数主義の文部科学省のやり方は、本当に「自分で考え判断できる人間」を育てようとしているのかと疑問に思われる。教育の名の下に「自分はこの程度」「自分はだめ」と思う人間、疑問を持たずお上の言うことを聞くしかない度し易い人間をつくりたいのかと思ってしまう。
澤地さんも、「群集心理に巻き込まれない、自分の頭で考えて行動できる真に自立した人間になっていかなければならない」とおっしゃっていた。しかし、今の学校のあり方は「自発性を育て思いやりのある人間の育成」などと言いながら、どう見ても現実は、人間が本来持っている自発性をもぎ取る教育、他者への思いやりをそぎ落とし考えることをしない人間の育成だ。
表向きは「一人ひとりの掛け替えのない人間の幸せ」などと言いながら、裏では実は一人ひとりなどどうでもいい思惑や画策がうごめいていると聞いたことがある。知らぬは気のいい民衆だけか。それが本当なら恐いことだ。しかし現に、昨今の経済の悪化に伴い、「軍需産業を活発化させれば」などということを大っぴらに言う人間が出てきたとか。目先の自分の利益のためには、世の中がどのようになろうとも大衆がどのようになろうとも関係ない倫理観の欠如した頭の良い行動力のある人間がいるのだ。
今後は社会に目を向け、子どもたちが一人の人間として自立し真に幸せに生きていけるよう、騙されないよう学びながら忍耐強く意思表示をしていきたいと思う。またそのような仲間を増やしていきたい。
たまたま一昨日(5/1金)、高等部のY君と一緒に田宮虎彦の『沖縄の手記から』を読んだばかりだ。そこには大勢の負傷兵が血膿の臭いでむせ返る壕の中で、虫けらのように死んでいく様が描かれていた。読み終わったとき、「すさまじい!」「むごい!」とだけ言い合い、二人ともしばらく黙りこくったままだった。
日本国憲法 第9条〔戦争の放棄、戦力および交戦権の否認〕 1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力によ る威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認 めない。
2009.05.01 エマ音楽院ピアノコンサート(発表会)
4月29日、いよいよその時がやってきた。 ショパンン作曲「ノクターン0p.9-2」。 アナウンスを聞きスポットライトを浴び、お辞儀をし、椅子の高さを合わせ・・・、「ララ~、ラララ~ラ、ララ~ララララ~ラ、ラ~ラ~ラ・・・」そこで、左手の和音が違ってしまい、次が狂い・・。「ああ・・・次がわからない!・・・」・・・リズムは刻んだまま、とっさにスタートに戻ってもう一度最初から・・・。・・・・・・完全に自分を失ったまま途中何度もつかえながらやっと最後の「ラララ、ラララ、ラララ・・・」の安堵のメロディにたどり着き終了。 今年こそは自分を取り逃がすことなく落ち着いて弾きたいと、私なりに練習はしてきた。なのに・・・またまた散々な結果となってしまった。 発表会は2年に一度開催されるが、いつも「恐い、出たくない」「逃げるな!」の葛藤の末、毎年参加し続けてきた。1回目は「エリーゼのために」(ベートーベン)、2回目は「アラベスク」(ドビュッシー)、3回目も「アラベスク」(ドビュッシー)、4回目は「ノクターン」(ショパン)、そして今年は5回目。前回のリベンジを掛け再び「ノクターン」(ショパン)。 この音楽院でレッスンを受けるようになって丸10年が過ぎた。そして発表会のステージも5回目となった。だがしかし、聴衆の前で弾くということは、なんとなんと大変なことか・・・。満足に弾けたためしが一度もない。 帰り道、心は意外と晴れやかで、逃げずに参加した褒美にブランデーケーキを一本買って帰った。「来て欲しくない」と言ったために押入れの整理をしていた夫だが手を休め、「前より練習していた。参加することに意義がある」と言いながら、コーヒーを入れてくれた。私に差し出されたお皿には幅7~8センチもある分厚いケーキが載っていた。
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