タオのブログ
2009.04.26 高等部スタートの日
4月23日高等部初日。私は増渕君の学習に対する心構えがしっかりでき、心に残る日にしたいと考え、アールグレイの紅茶をバックにいれ、途中のケーキ屋さんでプリンアラモードを二個買って、何を話そうかと考えながら教室に向かいました。
予定の10時半、携帯にメール。「すみません。寝坊です。15分遅れます」とM君から。
M君登場。「おはようございます。初日からすみません」と言いながら、息を弾ませてテーブルに着きました。
今日は初日なので、ミニセレモニーをしましょう。ケーキも用意してありますよ。では最初に私から少し話させていただきます。と言って、M君の前に立ち話し始めました。その後の流れは次のようでした。
(私) M君がタオに来るようになったのは、確か小学校の3 年生の終わり頃。8才だったと思います。
(M君)「そう、3年生の始め、学校に行かなくなって、家で『ひまだ~!』ってわめいていた」
(私) 当初は教室名「らくだの家」というフリースクールでした。M君は「鉛筆を見るのも持つのも嫌」と言って、T君と楽しそうに遊んでいました。ほとんど毎日笑い転げていたように思います。
今M君は18才だから、10年以上の付き合いになります。らくだプリントでの学習は、まずお母さんが始め、2年目頃から少しずつやるようになりました。最初は1日に1行やるのが精一杯でした。本気で取り組むようになったのは、中学生になった頃からだったと思います。それ以来ずっと継続してやってきて、今は、足し算、引き算、掛け算、割り算は完璧にできるようになって、分数に入っています。漢字プリントも徐々にやるようになり、大分書けるようになってきています。また、これまでにお習字を書いたり、インタビューワークも何回かやってきました。私は、これだけ基礎ができていれば、さらに基礎学力を徹底させながらですが、M君は通信制高校の単位取得は十分に可能だと思っています。
さて、これから高校生として学んでいくわけですが、ここで今一度、何のために学ぶのか、どうして勉強がしたいのか、確認しておきたいと思います。少し時間をとりますので、今の自分の考えをお互いに書いてみたいと思いますがいいですか?うまく書こうとしなくていいから。
(M君)はい、いいですよ・・・書きました。読みますよ。「楽しくいきるため」だと思います。
(私)なるほど。確かにそうだと思う。じゃ、なぜ学ぶと楽しく生きられると思うのかもうちょっと書いて。
(M君)はい。・・・「学んで色々なことの意味が分かるようになると、分からないよりは楽しくなるはず」
(私)ほんと、そのとおりだと思う。そんな風に書けるのはすばらしいな。私は、「豊かに生きるため。人間として生まれた自分の質を高めるため」と書きました。M君の言っていることと同じだと思います。学ぶとは、自分の世界を広げ深めていくことなのでしょうね。それは年齢に関わらず、とても楽しいことで、終わりの無い楽しみだと思います。私は、もうじき還暦を迎えますが、まだまだ知りたいこと、できるようになりたいことが沢山あります。これからもM君と一緒にいろいろ学んでいきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
「機が熟す」という言葉があります。「あることをする準備が整う」という意味ですが、M君は「学びの機が熟した」のだと思います。楽しく学んでいきましょう。
(M君)はい。こちらこそよろしくお願いいたします。
―お互いに固い握手を交わす。―
(私) じゃ、紅茶とケーキでささやかなお祝いをしましょう。・・・
(M君)おれ、タオがなかったら今頃どうなっていたかと思う。T君ともタオがあってよかったと言い合っています。
(私)そんな風に言ってくれる人が1人でも2人でもいるのは、学校という檻を飛び出して、自分の信念に沿った道を歩いてきた私にとっては最高にうれしいこと。ありがとう・・・。・・・M君、私、ショパンの曲を一曲プレゼントします。ピアノはいつも私の壁であり、壁を越える苦しみと喜びをもらっています。聞き苦しいところがあるかもしれないけど、食べながらきいてね。
―少々緊張して、ピアノに向かいノクタ-ンOp.9-2を演奏する―
(M君)・・・いい曲ですね。まるでCDを聴いているみたいでした。ありがとうございます。
それからお弁当を食べて、らくだプリント算数2枚、国語、英語を1枚ずつやり、「学ぼう算数」というテキストを学習して、2時頃終了としました。
帰りがけに書いたM君の今日の感想には「本腰を上げるときが来た。今日は分数の理解が深まった」と書いてありました。うれしくて、私も「本腰を入れよう」と思いました。
2009.04.17 さくら国際高等学校通信制入学式
4月16日、学びのもりタオ高等部新入生の増渕君と共に、提携校のさくら国際高等学校通信制の入学式に行ってきました。サポート校はサポート校独自に入学式をやっているとのことでしたが、私は、彼に自分が「高校に入学したんだ」ということを実感して欲しいと思い、「行ってみようか」と声を掛け、実現しました。今後学習を進めていく上でも、自分の高校が、どのような場所にあるどんな学校か目で見ておくことは何かとプラスになるのではないかとも思いました。
上田発3:07の別所線のワンマン電車に乗り,明るい日差しを浴びながら、菜の花や桜ののどかな田園風景を見ながらとことこと進みました。20分ほどで、「舞田」駅に着きましたが、山に囲まれた田園の中に白い柵のホームらしきものがあるだけで建物は何もありません。二人して「ここが駅なんだ!?」と言いながら降りました。さくら国際の職員の方が迎えに来てくださっていて、ほんの5~6分で学校に着きました。
心安らぐ木造校舎で、午後2時、通信制の入学式が始まりました。入学式参加者は4名。入学承認の呼名の後、学校長と学園長のお話がありました。
校長の清川輝基氏は、この3月に卒業した女生徒S子さんの作文を紹介してくださいました。「S子さんは、小学校中学校と不登校で、自分の部屋が学校だった。ずっと一人ぼっちの学校だった。そして、卒業証書なんてただの紙だと思っていた。しかし、3年前に勇気を出して、自分の部屋だけの世界から飛び出した。そして、先生方や他の生徒との交わりを持ちながら学び、単位を取得し、晴れて高校卒業の時を迎えた。手にした卒業証書はただの紙などではなく、自分の人生に希望を与えてくれる貴重な証書だった。卒業証書というものがこんなにも重いものだとを初めて知った。そして、3年間の学習を通して、人は他の人と関わりを持ちながら、学び豊かになっていくんだと実感した」・・・このような内容でした。
学園長の荒井裕司氏は、まず、「さくら国際高等学校」と命名した由来を話してくださいました。さくらは日本の花の代表。冬が去り、明るい春に見事に花開く「さくら」、生徒たちの未来もそうであって欲しいという願いをこめた。もう一つ、「約束は守る、礼節を守る、自己の心身を磨く、相手を思いやる・・・」等、10箇条を挙げながら、日本ならではの「さくら」に武士道精神を大事にしたいという思いも込めたとも話されました。
また、3月の卒業式においでくださった、日野原重明氏の言葉を紹介されました。日野原氏は1911年生まれで、現在97才。聖路加国際病院理事長として現役で働きながら、公演や執筆活動にお忙しい毎日を過ごされている。「私の年齢を考えれば、皆さんはほんのスタート地点にたったに過ぎない。これからいくらでも学びやりたいことができる。この私にもまだどうしてもやりたいことがある。それをやるためには、120才までは生きなければならない」と笑顔で話されていたということでした。
その後、スタッフの方々一人ひとりと握手を交わし、記念写真を撮って、入学式は終了となりました。 私自身も希望を与えられた、心温まる入学式でした。
2009.04.14 月日の流れは夢のごとし
花見がてら、最初に赴任した茂木町の河又小学校の跡地に行ってみた。
校庭だったところには広い道路が走り、一角に「あじ彩」という小さな交流館が建てられていた。赤い屋根の平屋の木造校舎の面影は全く無かった。よく子どもたちと駆け上った校庭南にあった小山は当時の姿を残していた。懐かしさと寂しさで胸いっぱいになりながら、その小山の方に歩いていくと、エプロン姿の女性が笹の葉を採っていた。「こんにちは」と声を掛けると、なんとこの学校で一緒に勤めた河又律子さんだった。
当時学校は「僻地校」に認定されていて複式学級だった。新卒の私は3.4年、河又さんは1.2年生の担任だった。穏やかな方で、親切にいろいろ教えていただいた。
「あじ彩」では、予約をすると、土地の山菜を使った料理を食べさせてもらえるとのこと。河又さんは8年前に退職し、今は地域の方と一緒に「あじ彩」を運営しているということだった。話しながら、校庭南の小山は「喜学園」と名づけられていたことを思い出した。
河又さんに別れを告げてから、小山に登ってみた。当時は地域のPTAの方々の奉仕で、手入れが行き届き、きれいな山だったが、木々の枝が伸び放題に伸び荒れていた。頂上で寝そべって、しばし松や桜の枝を透かして乳白色の空を見つめていた。3.4年生合わせて12人。私は23才。24の瞳と共に過ごした躍動感あふれる日々が蘇ってきた。あれから36年の月日が流れたのだ。
2009.04.01 私の近況 2009.3.29
最近のうれしいことは、ホームページができたことです。
ホームページのリニューアル作成は、株式会社デザインの加藤功一さんから電話をいただいたのがきっかけでした。3年前に株式会社ネクサスにお願いしてホームページを作成していただいたのですが、作りっぱなしで後のフォローが全く無く、ホームページは硬直状態が続いていました。インターネット関係に疎い私は、誰かに助けて欲しいという思いでいっぱいでした。
加藤さんは私の思いをよく聞いてくださり、「私たちは、まずお客様に納得していただける仕事をするということが大前提で、会社の上場などは考えていない」というお話でした。
私は「釣った魚には餌をやらない」会社にはこりごりしているので、数を追い成果主義の会社、大きい会社は嫌だと思っていました。こちらの思いが遠慮なく言え、相談できる関係が持てる会社、最初だけでなく親身になって寄り添い援助してくれる会社ならもう一度考えてみようと思いました。私は加藤さんを信じお願いすることにしました。
契約が済むと、1月22日だったでしょうか、製作担当の方と一緒に来てくださいました。笠木真由美さんという何年か経験を積まれた方で、私に対するインタビューも的確で、信頼できそうな方という印象をもつことができました。笠木さんは「長いお付き合いになると思いますので、何でも気になることはおっしゃってくださいね。よろしくお願いします」という言葉を残して帰られました。
それから、笠木さんと何度となくやり取りをして、相談に乗っていただいただきながら、ようやく完成にこぎ着けました。そして、これからもサポートを受けながらホームページを維持更新していくのです。私はこのホームページを通して、「基礎学力をしっかり身につけたい」と思われている方に、「らくだメソッド」や「学びのもりタオ」が伝わることを心から願っています。
「インターネットのことがよくわからない。でも今の状態を何とかしたい。誰かに助けて欲しい」という思いの私と笠木さんとの関係は、「勉強ができるようになりたい、でもどこからどのようにやっていったらいいかわからない。誰かに助けて欲しい」という方と私の関係と同じだと思います。そこには言葉のやり取りがあり、相手の思いに耳を傾け、人と人との信頼関係が育まれる必要があります。「働く(仕事)」とは「はたを楽にすること」つまり相手に「その人に出会えてよかった」と思ってもらえるものを提供し、そのことに対する対価を得ることだと思います。
加藤さんや笠木さんに出会ったことで、これからも「働いて」いこうという思いを強くしています。ありがとうございます。
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